広島だけでなく西宮でも緑の葉が生い茂っています。

広島は昨日6日、原爆投下から75年の節目となる「原爆の日」を迎えました。「こども代表」として平和記念式典で「平和の誓い」を読み上げた小学生二人がいました。広島市のホームページによると、二人とも身内に被爆者はいません。そして、自分たちで読み上げた「平和の誓い」を、戦争のことや過去に広島で起こったことを、人ごとではなく、自分のこととして考えてもらえるようなメッセージにしたかったと書かれていました。「平和への誓い」全文です。

「75年は草木も生えぬ」と言われた広島の町。
75年がたった今、広島の町は、人々の活気に満ちあふれ、緑豊かな町になりました。
この町で、家族で笑い合い、友達と学校に行き、公園で遊ぶ。
気持ちよく明日を迎え、さまざまな人と会う。
当たり前の日常が広島の町には広がっています。
しかし、今年の春は違いました。
当たり前だと思っていた日常は、ウイルスの脅威によって奪われたのです。
当たり前の日常は、決して当たり前ではないことに気付かされました。
そして今、私たちはそれがどれほど幸せかを感じています。
75年前、一緒に笑い大切な人と過ごす日常が、奪われました。
昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。
目がくらむまぶしい光。耳にこびりつく大きな音。
人間が人間の姿を失い、無残に焼け死んでいく。
町を包む魚が腐ったような何とも言い難い悪臭。
血に染まった無残な光景の広島を、原子爆弾はつくったのです。
「あのようなことは二度と起きてはならない」
広島の町を復興させた被爆者の力強い言葉は、私たちの心にずっと生き続けます。
人間の手によって作られた核兵器をなくすのに必要なのは、私たち人間の意思です。
私たちの未来に、核兵器は必要ありません。
私たちは、互いに認め合う優しい心を持ち続けます。
私たちは、相手の思いに寄り添い、笑顔で暮らせる平和な未来を築きます。
被爆地広島で育つ私たちは、当時の人々が諦めずつないでくださった希望を未来へとつないでいきます。

令和2年(2020年)8月6日   子ども代表
広島市立安北小学校6年 長倉菜摘
広島市立矢野南小学校6年 大森駿佑

本校には当時ソフトボール部が交流していた安田女子高校から贈られた「被爆桜」が育っています。1945年8月6日、広島で被爆した桜の中で、次の年に花が開いたという桜は数本だそうで、その中の1本が爆心地から約2キロのところにある、安田女子高校の校庭にありました。本校の校庭に植えられたのは平成21年で、安田女子高校生徒会が平和活動として初めて育てた、「被爆桜」の苗木29本の一本です。
長倉さん、大森さん、広島だけでなく西宮でも緑の葉が生い茂っています。