第5号 平和学習講演会

麦秋の野を従へて河曲る 
内藤吐天(ないとうとてん)

麦が一面に広がる田園風景を思い起こしますが、今ではほとんど見られなくなっています。この句は、麦畑が河の曲がり方と同じように曲がっていく広大な風景が想像できます。

「被爆体験伝承者等派遣事業」に応募したことがきっかけとなり、5月9日、中学3年生を対象に、LHRの時間に講演会を実施する運びとなりました。本校の中学3年生は5月29日より研修旅行に出かけます。その行程の中で、長崎の原爆資料館、平和公園などを訪れ、平和学習のフィールドワークを行います。その事前学習の一環として、被爆体験談を聞く機会に恵まれました。講師は、長崎市永井隆記念館の第4代館長をつとめておられる永井徳三郎氏(永井隆博士のお孫さん)です。隆の平和希求の精神を今に伝えておられます。

永井隆博士は、医学博士であり、人類愛に満ちた研究者でもあります。日中戦争には軍医中尉として従軍され、敵味方の区別なく負傷兵や現地住民の救護活動に従事されました。また結核予防の集団検診が増加し、フィルム不足のため直接透視で検査をしていたことから白血病にかかり余命3年と宣告されました。原爆が投下されたとき、爆心地近くの長崎医大物理的療法科部長室にいて、無数のガラス破片を浴び重傷を負うが、救護活動に専念されました。常に危険を侵して放射線医学の研究に心血を注ぎ、学会に貢献したことで、当時の吉田茂内閣総理大臣より表彰状をうけておられます。博士の残した「如己愛人(にょこあいじん)」は、博士の著書の中で、「幼い頃から小さな愛を実行するくせをつけておれば、大きくなってからも何の惜しげもなく、困っている友のためには、生命を捨てることができるようになる」と述べています。阪神淡路大震災以来ボランティア活動が一般に流布しましたが、それよりももっと深いものであるとつくづく思いました。